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毎日の♥️セックス学 Sexology of everyday life

伝書鳩が運ぶ、「毎日のセックス学」の文集。

【増補版】「不倫」のお話。「楽しさ」が鍵だ。

第17話。つづき。【増補版】書き足しました。

 

「そういえば、「不倫」を題材にした文学作品って、結構ある。それで、大概は破滅する。たくさんの死人とか、憎悪を生み出して、次第に「愛」は消え去る」

(会話の中ではもっと簡単な言葉で話ました)

 

「あんまないよ。全然ないよね」

「でも、いたんだよ。今どき、「駆け落ち」した人。「実生活、実社会、現状」から逃げちゃった。1年くらいしたら、いつのまにか、「帰ってきた」もちろん二人の関係は終わってた。」

 

「だから、不倫が悪いんじゃなくて…」

「「現実」っていう「自分と周りの人との繋がり」を放棄したり、踏み躙るから。それが「悪」傾くから、破綻する」

カナちゃんのぶっきらぼうな語りがある。

それを聞く中で、「妻(彼女)夫(彼氏)」と、「自分」と「不倫相手」との関係性の均衡にこそ、「本当の正解」があるのではないか?

と考えていました。

 「「不倫相手」ってのは、「単一事項」だから、「自分」との関係性で、「配偶者」に傾いた場合、「不倫相手」とは、ただ彼女、彼氏との「お別れ」になる。簡単に言えば。簡単にいけば。だけど、「不倫相手」をとってしまうと、「配偶者サイド」に「付随する様々な、たくさんの関係性」はあるから、ざっくり身を切らざるおえなくなる」

 

「で、逃げちゃうのかあ。そういうのはイヤだな。人としてさあ」

 

ぼくらにとって「ルール違反」でも、また別の人々、民族、ある時代の社会にとっては「全く普通のこと」だったりする。ということを思い出したり。

カナちゃんの「~イヤだな、人として」には、本能的な不快感があるようでした。

それは「人を裏切った」からなのでしょうか。

ぼくは、「しなくてはいけないこと」をすべて放棄したからなのではと、思うのです。

「配偶者」以外を好きになる。でも、「しなくてはいけないこと」は「配偶者サイド」にある。「不倫相手」を好きになる。「しなくてはいけないこと」が「今まで全部を放棄」になる。

「そりゃ、破綻する。ぶっ壊れる」

 

人は「毎日」、他人を「希求」しているということをとても感じます。

それは、「快楽」だったり、「安らぎ」だったり、「安心」だったりする。「肯定感」とか。

 

社会が、制度が、人間が、どんどん、「同じ人間」を圧迫して、圧搾して、いじめて「処刑」を笑う。内容をすり替えて。

 

「不倫って言葉も、なんか陰謀だよね。完全に「翻訳語」」

「そんなのはわかんない。でも…そうかなあ。「不倫」って言うと、「ちょっと悪いことしてる」って感じは楽しくない?」

「ああ、そういうのもありだねえ。「みんなは知らないとこ」で」

 

「楽しい感じ」「ちょっと悪いこと」

これは何かだ。鍵だ。

 

第17話。【増補版】おしまい。まだまだつづきます。

 

 

今回もありがとうございました♥️

s.o1983