36歳、浮気なぼくら

ビートニクの生き残りSeiyaの放浪文集

第77話:笑える、昔よりずうっと、深く。

今年ももうすぐ終わりますね。まだ新年を迎えたわけではないですが、とりあえず、今年も生きていて嬉しいです✨✨✨✨

神様にありがとう。

さて、小沢健二さん。今年は「流動体について」をリリースしてからのメディア復帰パレード!Mステ、スッキリ!、ラブミュージック、バカリズムの番組、ソングス…

伊勢丹ハロウィーン、ホムペがんがん更新。

アーバンブルースへの貢献か…集金か(苦笑)

嬉しい反面、とても悲しく、悔しい思いもしました。正直。時が経つというのはそんなものなんでしょうね。

確か小沢さんも著書「うさぎ!」のあとがきかなんかでおんなじように書かれていたように思います。

以前ぼくも「友達について」で書きましたっけ。
そう、「あの頃のぼくらとは残念だけど違うのだ」

小沢さんの「詩的な散文、モノローグ」の違和感だってそうなのだ。

雑誌「オリーブ」にお遊び程度に書いていたあの文章となんら変らない。

何も変わらない。
しかし、残酷だが、時が人を、考えを、感じ方
を変えるのですね。

当の本人、小沢健二さんは単なるインテリ詩人きどりの中年。オザケンという素敵さは、もうない。
キラキラした、跳ね回る、快活で、ちょっと神経質な、小沢健二はもういない。
何度も言うよ。

変わらないんです。小沢健二さんも、
「ぼくが小沢健二さんが超好きなのも」
だから、余計悲しい。

やっぱりうすら寒いよ。小沢さんは。好きですけど。

どんなに「フクロウの声が聞こえる」が素晴らしくてもね。

老いたルックスは仕方ないけど、やっぱりもうダメなのさ。
「ソングス」での散文だって、あれは「伊勢丹の紙袋」だなって。正直なとこ。

中身はない。キレイな包装。

「我ら、時」ボックスはその「小沢健二トリック」のひとつの結晶だよ。

事前の自前映像もセットで。

その喋りも彼の「魔法的」

トリックですね。

はり、つや、エネルギーの枯渇した「今の声」なんて特に我慢ならないし。

悲しいし。

音痴もすごいし。更に。フジロックの単独「フクロウの声が聞こえる」なんて最悪なクオリティ。

ぜーんぶYouTubeで観れる。

寒いっすよ。

違う現実に住む詩人。

さぶっ




まだ、結局は「渋谷系」なのだ。
そのまま。

あのうすら寒い「渋谷系」のまま。


2010のホムペ「ひふみよ」内での、自著の主人公うさぎ君との疑似対話。

変わらないのだ。彼は。

しかし、もう、みんなあの頃とは違うのだ。
もうぼくでさえ、大人になりずいぶんたつのだ。


サッカーの中田英寿さんにも感じたけど、いくら旅に時を費やしたところで得られるものなんてない。人々の心やリアルなんてわかり得ない。

わかった気がするだけでしょ?

残念に思う


やっぱり年老いるのを「見る」のは悲しいし、悔しい。

でもね、ぼくもそうだけど、本人にとっては、実はとても楽しく、嬉しいことだったりしますけど。

時は…時が経つというのは…

笑える。深く笑える。昔より、ずうっと深く。